初めてのインドで出会った「備えない生き方」

初めてのインドで出会った「備えない生き方」

インド西部の世界遺産と人々の暮らしに触れながら、不安と備えの在り方を考え直した記録。ソナエルprojectにつながる旅の気づき。

初めてのインド

2026年1月、私は初めてインドを訪れました。


今回は西インドを中心に、ムンバイを起点として、アジャンタ、エローラ、エレファンタ島の石窟群を巡る旅です。
世界遺産として知られる石窟群は、写真や映像で見る以上に、静かで重く、時間の厚みを感じさせる場所でした。


岩を掘り、そこに祈りの空間をつくるという行為が、どれほどの労力と信念を必要としたのか。
1500年という時間を隔ててもなお、祈りが途切れずに続いているような感覚を覚えます。


日本で仏教に携わる者として、その空間に身を置く時間は、どこか懐かしく、同時に距離を感じる不思議な体験でもありました。
ここは仏教の源流の地でありながら、日本仏教とは異なる時間を歩んできた場所でもあります。


石窟寺院を巡る中で、特に心を打たれたのがアジャンタとエローラでした。
紀元前から掘り進められてきたアジャンタの石窟には、仏教美術の精華とも言える壁画が残され、信仰が生活と分かちがたく結びついていた頃の息遣いを感じます。


一方、エローラでは、仏教・ヒンズー教・ジャイナ教の石窟が並び立ち、宗教が対立ではなく共存の中で形づくられてきた歴史を、空間そのものが物語っていました。


さらに印象深かったのは、一切の衣を身につけないジャイナ教の僧侶と出会い、スリランカから訪れた仏教団体が礼拝堂で読経する場に立ち会えたことです。


石に刻まれた過去の信仰と、今この瞬間に息づく生きた信仰が重なり合う体験は、書物や映像では得られないものでした。

日本で見慣れている黄色い動物とインドで再会

そんな石窟を見学した帰り、エレファンタ島の出口付近で、思わず足を止める光景に出会いました。


露店に並んでいたのは、日本のアニメキャラクターのグッズ。ピカチュウ――明らかに正規品ではないものでした。
1500年前の神像や仏像を見た直後に、黄色いピカチュウと目が合う。
その取り合わせは、日本人の感覚からすると、どこかチグハグで、少し笑ってしまうような光景でした。


仏像とピカチュウが、同じ風景の中に自然に存在している。
恐らくは、地元の子供たちが買い求めるのでしょうが、日本のアニメが海を渡り、中国で模倣され、それをインドで売っているという文化の重なりには、大きな驚きを覚えました。


もう一つ、印象に残っている出来事があります。


遺跡の中や移動の途中で、日本人である私は何度も足を止められました。
特に子どもたちは珍しかったようで、現地の子どもたちから「どこから来たの?」「名前は?」と次々に話しかけられます。
言葉は通じなくても、笑顔や身振りで自然に輪ができ、気がつくと写真を撮り合っていました。


こちらが「見学している側」だと思っていた旅の中で、いつの間にか「見られる側」になっていた。
その感覚は、世界遺産を眺める以上に、自分の立ち位置を強く意識させる体験でした。


しかしながら、日本人に話しかけてくる子供は英語を話す子どもたちが多かったことから、教育環境に恵まれた家庭の子どもたちなのだろうと感じました。

インド人が働いているように見えない

旅を続ける中で、都市部から農村部へと移動するにつれ、別の違和感も強くなっていきました。
道端で座り、話し、時間を過ごしている人々。
日本人の目で見ると、「仕事をしていないように見える」光景が、あまりにも多いのです。
10時オープンのスーパーに向かうも、11時頃にならないと開かないと言われたこともありましたし、夜10時を過ぎても子供たちは街灯の下で遊んでいました。


もちろん、実際には見えないところで成り立っている生活があり、日雇いや家族内労働、季節労働があるのでしょう。


それでも、日本で暮らす私にとっては、「なぜこんなにも“急いでいない”のだろう」という感覚が、繰り返し浮かびました。


インドでは、憲法上ではカースト制度が無くなったことにはなっています。


しかし、バラモン教が元となっているヒンズー教の教えや、数千年に及ぶカースト制度により、生まれ育った環境によって、選べる道が限られたまま、日々の生活を営まざるを得ない人々が多いことも、社会構造として存在しています。


高層ビルの真下には、ブルーシートに置き石をしているだけの屋根の下で暮らす人々の家が広がる様子は、なんとも現実感の伴わない光景でした。

インド人の生き方に学ぶ

仏教では、「今ここ」をどう生きるかが、常に問われてきました。


インドでは、宗教や共同体が生活の中に深く溶け込み、輪廻転生やダルマの思想、そして社会構造の中で、人生を長期的に「積み上げていく」よりも、与えられた今を全うする生き方が、現実的な選択として根付いているように感じました。


彼らは、「今日の食事」「今日の縁」「今日の祈り」を、非常に真剣に生きています。
そうした「備えない生き方」は、決して無責任なものではなく、一つの合理として社会の中で成立しています。


一方、日本人は「勤勉」「親切」「貯金好き」と評されるように、非常に「備える」ことに長けた社会に生きています。
貯蓄をし、保険に入り、将来の不安をできるだけ先回りして減らそうとする。
その姿勢は誠実である一方、常に何かに追われているような息苦しさも伴っています。


インドを見て、「備えはいらない」と思ったわけではありません。
むしろ逆です。備えがあるからこそ、安心して今を生きられる人も確かにいます。


ただ、この旅を通して、「何のために備えるのか」「どこまで備えれば十分なのか」という問いが、以前よりもはっきりと自分の中に立ち上がってきました。それは、恐怖を減らすための備えなのか。それとも、心を軽くするための備えなのか。


ソナエルprojectは、非常食を売るための活動ではありません。
不安を煽るための活動でもありません。


「備える」という行為を通して、少しでも安心して日々を過ごせる人を増やしたい。そのために何が本当に必要なのかを、問い続ける活動です。
石窟の前でピカチュウを見たときの、あの小さな違和感。
それは文化の面白さであると同時に、自分自身の価値観を映し出す鏡でもありました。


旅は、答えを与えるものではなく、問いを深めるものなのかもしれません。


「今ここ」をどう生きるのか。


インドで受け取ったこの問いを、これからのソナエルprojectの歩みに、静かに重ねていきたいと思います。